「ガキッ! ズズズズズズシャ……」
「うげあああ〜〜!!」
「プシュアアアア〜〜!」
ある兵の左肩に斬り込まれる太刀。その太刀の刃は強引な力で身体にめり込まされ、その兵は左肩から右腹にかけ斬り捨てられました。
断末魔を叫びながら息絶える兵。心の臓を切り裂いた事により、辺りに勢い良く飛び散る血しぶき。その血しぶきの中に、太刀を持ち、白き高価な服を鮮血で染めし若き一人の貴人がおりました。
「はぁはぁはぁ……だめだ、もう使い物にはならぬ……」
その貴人は兵の身体から抜きし己の太刀を見つめ、そうお嘆きになりました。一体何人の人を殺めたのでしょう?その手に持ちし太刀は血糊と人の油に塗れ、ところどころが刃こぼれし、もはや使い物にならぬものでございました。
「どうやらそこまでのようだな」
「っ…!?」
未だ息が荒れたままの貴人の前に、一人の兵が近寄って参りました。その兵は顔立ちといい体格といい、その貴人によく似た容貌でございました。
「温室育ちの殿下では刀の使い方はおろか、人の殺め方も知らぬであろう。太刀とは以外に繊細なものでな。一人二人斬り捨てれば使い物にならなくなる。
が、そのような太刀で俺以外の追っ手全てを斬り殺めるとは、殿下の力もなかなかの者だということだな……」
兵の言う通り、貴人の周りには追っ手らしき者共の凄惨な屍が打ち捨てられておりました。
「まあ、そんなことは俺にはどうでもいいことだがな。寧ろ手柄の配分が俺一人になってこちらとしては有り難い位だ」
その屍の山を見て兵は多少臆するような所はありましたが、その屍を踏み越える勢いで貴人に近付いて行きました。
「はぁはぁはぁはぁ……」
「さあ、どうする殿下? その使い物にならぬ太刀で俺に徒な抵抗を見せるか? それともその腰に掲げし宝剣を抜くか?」
「!?」
その兵の言葉に、貴人は藁をもすがる勢いで、腰に掲げし宝剣に手を伸ばしました。
「フッ、抜けんよなぁ。その宝剣は殿下が追っ手を殺めてまで奪い切ろうとしたものだ。そんな大事な物を俺のような雑兵の血では汚せんよなぁ」
「クッ……」
貴人は宝剣に手を掛け鞘から抜き出そうとするものの、兵の言葉に反応し、それ以上手をい動かすことが叶いませんでした。
「さぁて、後もう少しで逃亡が叶う殿下に申し訳ないが、その首この俺が貰い受ける!」
そう言い終えると、その兵は腰に掲げし太刀を抜き、貴人を威圧しながら更に距離を詰め寄りました。
「……」
「どうした? 自分が死ぬのが怖くて言葉も出ぬか? それともやったこともない人殺しを一度に体験したことで頭がおかしくなったか?
まあ、殿下の事情など俺には知ったことじゃない! 殿下には悪いがこちとら出世がかかってるんでな。反逆者たる殿下の首を持ち帰る事が叶えば、将来殿上入りも夢じゃない。俺みたいな雑兵には一生上がれぬであろう殿上に、殿下の首一つで上がることが叶うかもしれないんだ。その首、何としてでも貰い受ける!!」
「は……母君……母君…!」
「ここに来て母に助けを請うか? 宮中では悪女と囁かれていた者と言えども、殿下にとっては愛しき母君ということか……。
ちと無駄話が過ぎたな。では今より殿下の首、この正八位衛門大志柳也が貰い受ける!」
そう言い終え、”柳也”と名乗りし兵は太刀を構え貴人に勢い良く向かって行きました。
「ここで死ぬ訳にはいかぬ……。我は何としてでも生き延びねばならぬ。ここで死ねば母君の願いも露となって消ゆる……。
我は死なぬ!」
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巻六「頼信の挑戰」
「済まぬな、柳也殿。余の願いを聞き入れてくれて」
「別に構わぬ。ただ、神奈様を母君に会わすのが先になっただけのことよ」
今朝方になり、突然神奈様が京の都へ赴くより先に高野に居りし母君に会いたいと仰りました。恐らく昨晩の宴の座にての柳也殿のお言葉にお心を揺るがされたのでしょう。
その旨をお聞きになられた柳也殿は、意外にも神奈様の願いを聞き入れ、私達は高野の山を目指すこととなったのでした。
「然るに……然るに柳也殿……」
「どうか為されたか、神奈様。何か我に問い質したきことでも?」
柳也殿に何かお聞きになりたそうなご様子をお見せになれている神奈様に、柳也殿が訊ね返しました。
「うむ……いや、余が京に呼ばれたのは、疫病に苦しみし民に威光を与える為なのであろう?」
「然り」
「それで昨晩からふと思っていたことなのだが、それならば何の力もない余が威光を与えるより、柳也殿がかの村人達に行いしことを行えば良いのではないか?」
「言われてみれば、確かに……」
神奈様の素朴な疑問に、私はハッとしました。確かに目的が疫病に苦しみし民の救済ならば、柳也殿のお力で救済が叶う筈です。神奈様に柳也殿のお力があるかは分かりませんが、仮にあったとしても、数日掛け神奈様を都へお呼びになるよりも柳也殿が自らのお力で救済為さられる方が早い筈です。
「いえいえ。我の如き雑兵などの救済では、有難味も薄れるというもの。神奈様の如く止む事無きご身分の方が救済為さられるからこそ、民はより一層の有難味を感じるものだ」
「そういうものなのか? 然るに、かの村人は柳也殿の救済に心の奥底から感謝の気持ちを表していたように余には見えたが。民は身分に関係無く、救済を与えてくれる者には分け隔てなく感謝の意を表すのではないか?」
ええ。神奈様の仰られる通りでございます。人を救済するのに身分など関係ありませぬ。格言う私も、自らを雑兵と仰る柳也殿のご救済に十数年感謝の意を持ち続けているのですから。
「そのように申されるのはあり難き幸せにございます。然るに我は朝廷から命ぜられし任に基き神奈様の元へ馳せ参じた身。我に力あれど朝廷の命には従わなくてはなりませぬ」
「それが政というものか。あまり快くは感じぬな…」
恐らく柳也殿などより神奈様のご威光の方が、演出に優れると朝廷は判断したのでしょう。そういった浅ましさを神奈様は快く感じていないご様子でした。
「まあ良い。どのような意図があろうとも、宮の外へ出れたのだ。朝廷は気に食わぬが、その点のみに関しては感謝しても良いな」
色々考えられしことはあれど、神奈様は宮の外にお出になられしことが何よりご気分が優れしことのようでございました。
然るに私は疑問が尽きぬことがあります。神奈様は今回初めて宮の外へお出になられしとのこと。民が疫病に苦しみしことは今まで何度もあったはずですのに、何故今回に限り神奈様のご威光を賜ることを思い立ったのでしょう。朝廷の考えに従来と異なりし考えが生まれたからでしょうか。それとも何か他の理由があるのでしょうか?
いえ、例えどのような理由があろうとも、それは私に直接関係あることではございません。私にとっては、柳也殿と共に居られる幸福を享受出来るのであれば、それだけで充分なのですから。
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「時に神奈様。獲り立ての魚など召し上がりたいとは思いませぬか?」
数刻経ちし後、ふと柳也殿が神奈様にそのようなことを申されました。
「獲り立ての魚か。改めて問われてみると食してみたいものだな」
「そうですか。では今から我が獲って来ましょう。神奈様は裏葉殿のと共に、暫しここでお待ちになられて下され」
「そうか済まぬな」
「では」
そう言い残し、柳也殿は魚を獲りに私と神奈様の元からお離れになりました。
「ガサガサッ……」
「!」
その刹那、近くの草叢が軽く揺れ出しました。微風さえ吹いておらぬ森の中で突如揺れ出した草叢。何かの生物が動き出したのには間違いございません。
「神奈様。神奈様のお耳には今の草叢が揺れし音は聞こえたでありましょうか?」
「うぬぅ〜獲り立ての魚かぁ〜。思えばそのようなもの暫く食したことはなかったな。柳也殿は何とも気が利く男よの〜」
獲り立ての魚を召し上がることをご想像していらっしゃるのか、神奈様は舌なめずりを行いながら柳也殿の帰りを待ちわびており、私の声はお耳には入っておらぬご様子でございました。
「神奈様!」
「ん? いきなり叫んで、どうかしたのか裏葉?」
「あっ、いえ……。あらぬ声で申しかけ、失礼極まりました…」
思わず神奈様の名を怒鳴りかけるように呼びかけてしまい、出過ぎた行為をしたと思い、私はその場で謝罪致しました。
「畏れ多くも神奈様。先程軽く草叢が揺れたのですが、神奈様のお耳にその音は聞こえたでございましょうか?」
改めて私は神奈様に草叢が揺れし音をお聞きになられたか否かを訊ねました。
「いや、聞こえてはおらぬが。それがどうかしたのか?」
「いえ……特に何も……」
先程の音の大きさからして、兎や狐などの小動物が動き出した音には聞こえません。また、音が聞こえし間合いからもしかしたならば何らかの理由で神奈様のお命を奪わんとする輩が草叢に隠れていたかと思いましたが、それはすぐに見解違いだと思いました。もしそうであったならば、柳也殿が私と神奈様の元をお離れになられし時、襲いかかって来たはずです。
(!?……ということはもしや…?)
そこまで考え、私には違う懸念が生まれました。それはお命を狙われし者は神奈様ではなく、柳也殿ではないかということでございました。
「!」
「ん? 何処へ向かうのだ、裏葉」
「申し訳ありませぬ、神奈様。柳也殿、柳也殿の身に……」
私は思い立ったように柳也殿が向かいし方向へ駆け出しました。柳也殿に限り刺客に命を取られるなどということはございませぬでしょう。ただ、そうと分かっているものの、想いを寄せる者の安否を考えるならば、足を止めることは叶いませんでした。
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「うむ。森の中に小川の流れる音が響いておったが、良質の魚が獲れそうな渓流であるな」
その頃、柳也殿は森に囲まれし山の中に開けし渓流を見付けておりました。
「さて、その前に群れを組せず単独で泳ぎし雑魚を獲るとするか……。そろそろ姿を現したらどうだ?」
「ふん、流石に俺の気配に気付いていたか」
柳也殿の声に呼応し、一人の兵が森の中から姿を現しました。
「頼信か。道長にでも頼まれて、我の後でも追いに来たか」
「いや。俺自らが道長公に懇願し、後を追って来た。しかし、鬼のくせに随分狸なものだな。何が朝廷から命ぜられし任に基き神奈様の元へ馳せ参じた身だ。道長公からお聞きになったぞ。神奈様を都へ呼ぶように具申したのはお前だってな。一体何を考えてやがる?」
「聞いておったか。まあ、いずれにせよお前には関係のないことだ」
「言わせておけば……! まあ、確かにアンタが何を考えていようと俺には関係ない。今の俺の目的はアンタに打ち勝つことだからな!」
そう言い終えると、突如として頼信殿は刀を構えました。
「ほう、我に挑んで来るというのか? 模擬戦ですら一度も勝利したことがないというのに真剣勝負を挑んで来るとは……。身の程知らずも甚だしいな、頼信」
「ふん。今の内言いたいだけ言っておくんだな。言っておくが今の俺はついこの間までの俺じゃないぜ。今の俺は兄者をも上回る力を手に入れた! 今からそれを見せてやるぜ!!」
ヒュッ……
刹那、頼信殿は目にも止まらぬ早さで柳也殿に近付き、刀を振りかざしました。
「もらった!」
ガキィ!
「なぁに……」
一瞬決まったかと思いし頼信殿でしたが、その刀は柳也殿に白刃取りされてしまいました。
「ほう……なかなかの動き……。然るに早さだけでは我には敵わぬぞ」
「そうかい……ならっ!」
ヒュ……ドカッ!
「むっ……」
一撃目を止められし頼信殿は、次に刀を離し、地面を滑る様に柳也殿を蹴り出しました。その全身を使った攻撃に、柳也殿は一瞬姿勢を崩しました。
「食らえっ!」
次の瞬間、頼信殿は柳也殿の後方に回り、柳也殿の背を宙に浮かせる勢いで上方に蹴り上げました。
「まだまだ!」
宙に蹴り上げられし柳也殿が大地へ降り立つ暇を与えぬ勢いで、今度は柳也殿の前方に回りました。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
そして柳也殿に対し、目にも止まらぬ早さで拳を何度も何度も叩き付けたのでした。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァ!!」
何十回も叩き付け、最後に今までよりも強烈な拳を叩きつけ、柳也殿を森の方まで押し返しました。
「どうだ、参ったか!」
「ほう、確かに成長したな。お前もようやく”血が目覚め始めた”か……」
「何!? そんな馬鹿な……?」
頼信殿が驚くのも無理はありませんでした。森の方へ押し返したと思いし柳也殿は、頼信殿の後方に平然と立っていたのでした。
「が……まだまだ未熟。このレベルでは我はおろか頼光殿にもまだ追いつかぬな……」
「くっ、まだ、まだ俺は兄者に劣るというのか!!」
その柳也殿の言葉に檄昂せし頼信殿は、そのまま振り返り再び柳也殿に立ち向かって行きました。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
「なっ!?」
再び目にも止まらぬ拳を叩きつける頼信殿でしたが、今度は尽く柳也殿の掌に受け止められたのでした。
「くっ……!」
これ以上の攻撃は正しく無駄な行為だと思い、頼信殿は柳也殿から身を退きました。
「今の我の行為が理解出来るか頼信? 今我はお前の攻撃一つ一つを受け止めた。これが何を意味するか分かるか?」
「……」
頼信殿は答えませんでした。されど、その顔は全てを悟っており、それ故の悲壮感と屈辱感に彩られし顔でございました。
「そう……つまり我はお前の攻撃をすべて見切ることが叶い、そしてお前の攻撃は我には全く通じぬということだ……」
「くっ!」
敵わぬと理解つつも、頼信殿は三度柳也殿に立ち向かって行きました。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」
「下らん。猪の如く只徒に突進することしか出来ぬか……」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
拳の一つ一つを受け止められし頼信殿でしたが、それでも諦めることなく、愚鈍に攻め入りました。
「こういう言葉を知っておるか、頼信。
”故に勝を知るに五有り。
以つて戰うべきと戰うべからざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下欲を同じくする者は勝つ。虞を以つて不虞を待つ者は勝つ。將能にして君御せざる者は勝つ。
この五者は勝を知るの道也。故に曰く、彼を知り己を知れば百戰して殆うからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戰う毎に必ず殆うし。”
即ち、我の力量も測れず己の力量も測れず、只徒に猪突猛進を繰り返すだけのお前は、我にはどうあがいても勝てぬという事だ!」
「ドカッ!」
柳也殿は頼信殿の一瞬の隙をつき、頼信殿のみぞおちに己の膝を叩きつけました。
「かはっ……」
その一撃により頼信殿は手を休め、苦痛の表情で腹を抑えたのでした。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァ!!」
そして柳也殿は止めを刺さんばかりに、頼信殿を遥かに上回る拳の突きを頼信殿に叩き付けたのでした。
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「はぁはぁ……確かこちらの方へ向かわれし筈……」
柳也殿の安否が気にかかり、私は神奈様を一人置き、柳也殿の後を駆け足で追いました。
「ザザァ〜〜」
「沢の流れる音……」
森の中に開けし獣道を足の痛みをも忘れる勢いで走り続けておりますと、次第に沢の流れし音が聞こえて参りました。もしかしたなら刺客に狙われているというのは私の思い違いで、柳也殿は言葉の通り魚を獲りに行ったのかも知れぬとも思い、私は音の聞こえし方角へ向かいました。
「バキバキバキバキバキバキ!!」
「!?」
突如、何かの塊が木々を薙ぎ倒しながら私のいる方角へ飛んで参りました。
「柳也殿!」
その塊は人影でして、私は柳也殿が刺客にやられたのだとばかり思い、人が倒れし方角へ向かいました。
「っ……」
「違う……このお方は……?」
倒れし人の前に向かいその顔をよくよく見ますと、倒れし方は柳也殿ではなく、名も知らぬ兵でございました。
「ちいっ、柳也め……。自ら戦いを挑み敗退を喫するようでは源氏の名に傷が付く……。このまま引き下がる訳にはいかぬ!」
「ヒュッ!」
その兵は身体中に手傷を負っているにも関わらず果敢に立ち上がり、目にも止まらぬ早さで私の前から姿を消しました。
「今のは一体……?」
あまりに信じられぬ光景が続き、私は暫く頭の整理が叶いませんでした。次第に冷静さを取り戻して行く過程で、いくつかの状況整理が付きました。一つ、飛ばされし兵が源氏の者であること。一つ、その源氏の者と相対している者が柳也殿であること。そしてこれは私の推測でしかありませんが、かの源氏の者こそ柳也殿のお命を狙いし刺客ではないかということでした。
その刺客が飛ばされたということは、とりあえず柳也殿の身は無事なのでしょう。されど、私には別の懸念が生じました。
「まさか、まさかあの柳也殿が……」
源氏の者は全身傷だらけでございました。それ程の傷をあの心優しき柳也殿が負わせたのか。柳也殿が何故”赤い鬼”と呼ばれているのか、その理由を知らぬ私は柳也殿が人を傷付けることを信じられず、事の真相を確かめるべく足を進めました。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ!!」
「ぐはっ!」
バキバキバキバキバキバキ!!
声の聞こえる方角へ向かいますと、再び源氏の者が私の目に前に吹き飛ばされて来ました。
「くそっ……まだまだ!」
未だ傷も癒えておらぬというのに、その源氏の者は死をも恐れぬ勢いで再び私の前から姿を消しました。そして私もまたその者の後を追い、ようやく二人が相対し沢が見えて参りました。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
沢のほとりへ着きますと、相対せし声は聞こえるものの、二人の姿はよく見えませんでした。辛うじて目の前で何かが蠢いているのは分かりましたが、完全な姿までは把握出来ませんでした。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」
二人が相対せし場を私は森の影から見守っておりました。どのような事情があれ、殿方が相対せし場に女が割り入るべきではないと思い、私は事の行末を見届けていました。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァ!!」
「ぐはあっ!」
バキバキバキバキバキ!!
三度源氏の者は森の中へと追いやられました。
「さて……懲りずにまた立ち上がって来るか楽しみなものだ……」
源氏の者が吹き飛ばされし刹那、ようやく柳也殿の姿を見ることが叶いました。そのお姿はあれ程の激しい戦いを行っているにも関わらず、傷一つ付けてはおりませんでした。
それにしても、まるで戦っているのを楽しんでおられるような柳也殿の言。その言葉が普段の柳也殿とはあまりにかけ離れし言葉で、私は驚きのあまり言葉を失ってしまいました。
「うおおおおおお〜〜!!」
幾度も倒されながらも、源氏の者は諦めることを知らず柳也殿に向かって行きました。
何故あの方は負けるのが分かっていて立ち向かうのでしょう。その理由が私には分かりませんでした。
「ふむ。どうやら心配した程のことではなさそうだな」
「!?」
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「貴方は、一体……?」
二人の行末を見守りし私の前に突如現われし兵。容姿は三十代後半という所で、何処となく柳也殿と似たような雰囲気を持ちし方でした。
「私は源頼光という者です」
「頼光殿とはあの頼光殿でございましょうか?」
頼光殿は若き頃から武勇に誉れし方でして、その配下の四天王の名と共に広く名の通りし兵でございました。
「それでその頼光殿が何故このようなお所に……」
「何やら弟が柳也殿の後を追い、その弟の身を案じて弟の後を追って来たということだ」
「神奈様!」
頼光殿の背から神奈様のお声が聞こえ、私は驚きの声をあげてしまいました。
「済まぬがそろそろ背から降ろして欲しい。緊急のこと故やむを得ず背に乗ったが、やはり恥ずかしい……」
「はっ。月讀宮様」
やはり童子の如く扱われるのは恥ずかしいのでしょうか、神奈様は顔を赤めながら頼光殿の背からお降りになりました。
「裏葉よ、柳也殿の身を案じるのは分かるが、余を一人置いて行くでない。偶然頼光殿に出会えたから良かったものの、そうでなかったら裏葉を完全に見失う所であったぞ」
「申し訳ございません……」
「まあ、それは良い。問題は柳也殿だ。頼光殿、先程の話は真であるな?」
「はい。月讀宮様を都へお呼びになることを具申したのは柳也殿ご本人でございます」
「えっ!?」
頼光殿の口から出た言葉に私は動揺を隠せませんでした。以前の柳也殿のお話ですと朝廷に命じられ神奈様の元へ参られたとのことでしたが、まさか自らがご提案為されしことでしたとは……。一体柳也殿は何を考えているのでしょう?
「然るに、頼光殿。貴方の弟とは今柳也殿と相対している方でございましょうか?」
「ええ。奴が弟の頼信です」
「随分冷静でございますね。柳也殿に弟君が散々打ちのめされているのに……」
己の血の繋がりし者が苦境に陥っているならば、普通は真っ先にその場に駆け付ける筈。されど、この頼光殿にはそういった素振りは見られず、事の他冷静でございました。
「貴方には、そう見えますか?」
「えっ!?」
「私には柳也殿が弟を鍛えているようにしか見えませんが」
頼光殿の言葉は、私には理解し難いものでございました。どう見ても戦っているようにしか見えない二人をそのように見られるのでしょう?
「然るに、その事も含めし柳也殿のご本心、直にお聞きにならねばな」
そう言い終えると、頼光殿は私達の前から姿を消し、相対している二人の元へ駆け付けたのでした。
…巻六完
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※後書き
前回間を空け過ぎた反動で、今回は早目に上げました。と言いますか、下書き自体は1週間程前に完成していて、今回はストーリー展開に動きがあるので早目に上げておこうと思った次第です。
さて、冒頭に色々と動きがありましたが、詳しく話すとネタバレになりますので詳しくは話しません。この辺りは次回には色々と分かって来ますので、気になる方は次回を楽しみにお待ち下さいね。
他には以前から申していたラッシュ対決ですね。昔だからという理由でかなり無茶なことをしていますが、その辺りは演出としてご了承下さい。まあ、単にジョジョネタやりたいだけですが(笑)。
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巻七へ
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